理事長のコラム「清和の窓から」

No.2 「桧原桜物語」

 何かと「おれが、おれが」という世の中で、こんなに人知れず善行、功徳を積んでいる人たちがいることを知っておきたい。季節は過ぎたが「桧原桜の物語」も感動的である。

◆それは1984(昭和59)年春のこと。福岡市南区桧原1丁目の蓮根池のほとりに毎年みごとな花を咲かせていた大きな桜9本が道路拡幅のため伐採されることになっていた。あと20日もすれば満開になるだろうというのに行政の決定は非情だ。そのうちの1本が切られたのである。明日は残りの8本も…。

◆「春よ来い。早く来い」と陽気をうかがうようにつぼみをふくらませていた桜の風情が哀れに思えてならなかった銀行員土井善胤さん(当時56歳)。毎日、この桜並木を見ながら通勤していただけに、それはわが身を切られる思い。誰もいない夜明けを見計らって桜の小枝に“命乞い”の色紙をつるした。

◆進藤一馬市長(当時)に届くように「花守り進藤市長殿 花あわれせめてはあと二旬 ついの開花をゆるし給え」。声高に「伐採反対!」を叫ぶのではなく、「…ゆるし給え」。土井さんの愛深き心根が見て取れる。これがドラマの始まりで、翌日から心優しき花守りたちの色紙が次々と桜樹に。

◆その中に風に揺れていた一枚の短冊。「桜花惜しむ大和心のうるわしや とわに匂わん花の心は」。詠み人は「香瑞麻(かずま)」。なんと進藤市長の返歌だった。一枚の短冊から始まった花守りたちの歌詠みリレー。“終の開花”が許されただけでなく、並木そのものが拡幅歩道の中に組み込まれて残ったのである。「桧原桜」が教えてくれる通じ合う心。今、桧原桜は博多の名所となっている。

理事長 富吉賢太郎

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