理事長のコラム「清和の窓から」

No.3 「清和」が創立されたころ…

佐賀清和学園が創立されたのは1911(明治44)年。今から108年前はどんな時代であったか。奇しくも、その年、かの平塚らいてふが女性問題を世に問う雑誌『青鞜』を発行。「原始、女性は太陽だった」と女性たちに呼びかけています。

◆そんな時代に、佐賀で生徒数38人の女学校が創立されたのです。それと、女子教育という視点から、これも縁だと思うのですが、それから2年後の1913(大正2)年9月1日、この日は日本の女子教育にとって特別な日とされています。
◆なぜなら、この日に発表された東北帝国大学の入学許可者38人の中に初めて3人の女性合格者がいたからです。丹下梅子、牧田ラク、黒田チカの3人。それまで東京帝大をはじめとした日本の最高学府・帝国大学は「学問は男の特権」とばかりに、どこも女性に門戸を開いていなかったのですが、東北帝大初代総長沢柳政太郎の英断で日本初の女子帝大生が誕生したのです。
◆丹下梅子は鹿児島出身の栄養学者。幼い時、右目を失明したが鹿児島師範をトップで卒業。小学校の教師を経て日本女子大に。東北帝大で学んだのは40歳を過ぎていた。牧田ラクは京都出身。東京女子高等師範理学科を卒業して母校の嘱託教師として教壇に立った後に東北帝大を受験。見事に難関を突破した。
◆そしてもう一人、黒田チカは佐賀市出身。佐賀師範学校から東京女子高等師範へ。勉学への意欲は衰えることなく東北帝大では色素研究に没頭。卒業後は東京女子高等師範、お茶の水女子大で後進を指導。45歳の時、紅花から取れる色素研究で理学博士に。化学分野では女性初の博士となった人です。
◆いかがでしょうか。皆さんたちの中から、この3人に負けないような人がいっぱい出てくれることを期待しています。こんなエピソードを知って創立の日をみんなでかみしめましょう。

理事長 富吉賢太郎

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