理事長のコラム「清和の窓から」

No.9 「豊かさとは何か」

今は死語になった「集団就職列車」。その第1号は1954(昭和29)年4月5日の午後、青森駅から上野駅に向けて出発した。

池田内閣の所得倍増計画を受け経済大国への道をひた走り始めた日本は空前の人手不足に直面するが、その経済成長を根底から支えたのは、この列車に乗った「金の卵」と呼ばれた人たちだった。進学の夢をあきらめ、中学卒業と同時に故郷を後にしたのである。

集団就職は70年代初めまで続くが、ピーク時には年間46万人が都会を目指したという。まだ15、6歳。寂しさと不安の中で人知れず泣いた夜もあったろう。月給3000円―4000円。それでも「いつかきっと…」と明日を夢見て頑張った少年少女たち

私は偶然にも1961年9月発行の「川副町広報」に「馬場奉文君の美学」という一文を見つけた。読みながら目頭が熱くなった。その前年に川副中を卒業した馬場さんは東京へ就職した後、母校の新校舎建設資金が足りないと知って1000円とか500円を贈っている―というものだ

就職間もない安サラリーの中から月給日と思われるころ定期的に副島静雄校長あてに寄付金が届く。もらう給料の3分の1、4分の1を母校のために。なかなかできるものではない。送金が1000円であったり500円であったりするところに、よけい心が揺さぶられる。遠い都会の片隅で母校を思う気持ちが切ないほど伝わってくるではないか

こんな話を今どきの中、高生たちはどう感じるだろう。豊かさとは何か。時代が変わったとはいえ、何か感じとってほしい。

理事長 富吉賢太郎

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