本のある風景
No.46 鎌田實=大平光代・共著「比べない生き方」(中央公論新社)
涙もろくなったものだ。いや、私は小さいころから涙腺が弱かった。この本の中にあった、たった一行のフレーズに触れたとたんに熱いものが・・・。
「うちみたいな貧乏な人間がどんな思いで医者にかかるか、お前、忘れるな。弱い人のことを、ぜったいに忘れるな」
鎌田實さんを拾って育てた父・岩次郎さんが医者になった息子に言った言葉である。鎌田さんは、この言葉を「僕の根っこのメロディー」だと言う。そして、このメロディーが、時々音程を変えながらも、鎌田さんの心の中で繰り返し流れては、背中をそっと押してくれるそうだ。
中学生の時のいじめ、割腹自殺未遂、16歳で暴力団組長の妻、離婚、ホステス・・。想像を絶する壮絶な人生を生きて今にある大平光代さんにも、心の底に流れるメロディーがある。
それは「悪いことしたらあかん、お天道さまが見てはるで」というおばあちゃんの言葉と、後に養父になった〝大平のおっちゃん〟からもらった心の底からの叱責である。
「光代ちゃん、あんたがこんなになったんは親も悪かったろうし、友達も学校もいけなかったからだろう。しかし、人や世間を恨むだけで、こんな暮らしから抜け出そうしないのは、誰のせいでもない。あんた自身のせいや!」
鎌田さんは、岩次郎さんの教え通りに医療活動だけでなく、常に弱い立場の人たちに手をさしのべて国際的な社会貢献活動を続けている。昨年末、ニューズウイーク「世界に貢献する日本人30人」に選ばれた。大平さんは、養父の叱責から自分を見つめ直し猛勉強。一から始めて司法試験に一発合格、弁護士に。大阪市助役を経て今は一時の母親として充実した日々。
本書の副題には「人生で本当に大切にするべき10のこと」とあるように、鎌田實と大平光代という人生の達人2人が、実に明快に生き方の処方箋を語っている。「ゆるす」「無理をしない」「繰り返す」「さらけだす」等々、誰にでも参考になるヒント満載の良書である。手にとって参考にしてもらいたい。
理事長 富吉賢太郎
2022.01.24