清和の窓から

2025.01.07

理事長コラム「清和の窓から」104  勉強できる環境に感謝!

勉強できる環境に感謝!

 

2025年。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

新年早々ですが、大学進学を目指している3年生の皆さんにとって今ごろは、お正月どころじゃないでしょうね。みんな本番に向けて厳しい毎日だと思います。それでは、私から新年の元気づけです。寝るのも惜しんで参考書や問題集に取り組んでいる皆さんの眠気を吹き飛ばすような偉人のエピソードを紹介しましょう。

誰もが知る福沢諭吉。そう、慶應義塾の創設者で、あまりにも有名な『学問のすゝめ』の著者でもあります。その福沢諭吉の『福翁自伝』には、緒方洪庵の「適塾」((大阪大学の前身)で勉強していた時のことが詳しく書かれています。天然痘治療に貢献した医師で蘭学者の緒方洪庵が大阪船場に、自身の号「適々斎」に由来する、この小さな私塾を開いたのは1838年。そして、そこに福沢諭吉が入門したのは1855年のこと。そこには全国から集まった俊英たちが寄宿して毎日競って猛勉強していたという。

さて、諭吉がある日、猛勉強の疲れか、体調を崩し横になろうと枕を探したが枕がない。「あれっ、枕は?」。何と諭吉は入塾して1年半、一度も枕を使って寝たことがなかったことに気がついたという。毎日毎晩、一心不乱に勉強。猛烈に勉強し、いつも気を失うように机に突っ伏して寝ていたそうですよ。驚きですね。

なぜ、諭吉はそれほど勉強をしたのか。「西洋日進の書を読むことは日本国中の人にできないことだ。自分たちの仲間に限ってこんなことが出来る。知力思想の活発高尚なること、苦中有楽、苦即楽という境遇。自分たちより外にこんな苦い薬をよく飲む者はなかろうという見識。苦しければもっと飲んでやるくらいの血気で頑張るんだ」(『福翁自伝』)

なんとなんと、諭吉は苦しい勉強に弱音を吐くどころか、学べる境遇に感謝し、「江戸の書生なんかに負けてたまるか」という気迫。勉強はきつくとも必ずや自分のためになるという信念です。いかがだろうか。さあ、ゴールはもう目の前ですよ。ここらで気合を入れて、がんばりましょう! 応援しています。

 

理事長 富吉賢太郎


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