清和の窓から
理事長コラム「清和の窓から」125 2026年 一茶と良寛
2026年 一茶と良寛
「青空に きず一つなし 玉の春」。江戸後期の俳人、小林一茶(1763―1828年)が詠んだ新春詠。身も心も引き締まる正月元旦の凜(りん)とした雰囲気が伝わってきますね。
信濃の貧農の長男として生まれ、3歳の時に母親と死別。義母になじめず15歳で江戸に出て奉公。どちらかといえば生涯、逆境にあり、自嘲と反逆精神からくる愛憎の句が多いとされるが、自然や生き物をしっかり見つめたこまやかな句も多い。この句は、青く澄みきった“玉の春”に、新年にかける一茶の思いが伝わってくるうようです。
一茶とほぼ同時代を生きた越後の僧侶で歌人でもある良寛(1758―1831年)が心情をぽつりと吐露した漢詩の中に「嚢中三升米 炉辺一束薪」という句があります。これは「手元の袋には施しをうけた三升の米。いろり端には、そこらで拾った一束のたきぎがあるが、これで十分だ。ほかにはなんにもいらない」と自らを戒めているような良寛の気持ちが伝わってくるようです。
良寛が晩年のおよそ20年間を暮らした新潟・越後に残る「五合庵」。今もその質素な草庵を訪ねる人が多いと聞くが、その粗末さに誰もが言葉を失い、涙を流す人もいるという。托鉢(たくはつ)に頼り、自然を友とし、無欲でひょうひょうと生きた貧乏禅僧の暮らしぶりがしっかりそこに見えるからです。
2026年、明けましておめでとうございます。今年もやはり「今年こそは…」と思います。まずは、きのうまでの来し方を振り返り、自身の日常、暮らしようを見直してみることから初めてもいいですね。飢餓や貧困に苦しむ世界から見れば私たちは、これ以上ないほどの豊かさの中にあると思います。年の初めに、若い皆さんにはピンとこないかも知れませんが、一茶や良寛という遠いいにしえの〝癒やし人〟の思いに触れることもいいのではないかと思います。(2026年正月)
理事長 富吉賢太郎