本のある風景
No.55 YUSK(ユウスケ)著「鍵盤に指を置くとき」(αβブックス)
この本は先日、知り合いから手渡され、すぐページをめくった。ウン、ウン、うなずきながらアッという間に読了。中学生も高校生も、そして保護者も先生たちにも読んでもらいたいと思ったので、ここで紹介します。
著者YUSKさん(41)は現在、英国王立音楽院非常勤講師でロンドン交響楽団の専属ピアニスト。数年前、佐賀でお会いしたことがある。YUSKさんは佐賀市出身。生後6カ月で父親のロンドン赴任に伴いイギリスへ。以来、父親の仕事の関係で佐賀や東京で過ごした一時期、数年間を除き、イギリスやアメリカ、スイスなど海外での暮らしが長い。
世の中にはいろんな病気・障害で悩み、苦闘している人たちがいる。例えば、本人の意思とはまったく関係なく体が動き、大きな声が出てしまう「トゥレット症候群」。難病情報センターなどによると、咳払いや単語を連発する音声チックと、まばたきや首振り、肩上げなど運動チックを伴う精神神経疾患で、多くは小児期に発症するが、治療法は確立されていない。
YUSKさんは8歳の時、発症。薬の副作用にも苦しんだ。時、所かまわず突然、声が出てしまう。地下鉄に乗っているとき、抑えられない症状が出て、隣に座った人は露骨に不快な表情をして席を変えたり、直接、「ヘンな声出してるんじゃねえよ!」と吐き捨てられたり。自分ではどうしようもないことを他人から責められたり、侮辱されたりしたら本人はきつい。萎えてしまう。
人のやさしさと思いやり。ロンドンの小学校の保護者会で、母親が先生に「YUSKはピアノが弾けるんです」と言ったら、先生が「明日、楽譜を持たせてください」。先生はすぐ校長に報告。翌日、校長先生が早く学校に馴染めるようにと全校生徒の前でピアノを弾かせてくれた。そしたら、思いがけない奇跡が。クラスの保護者からも友達からも「ピアノ上手だね」「すごいね」とあっという間に仲間の輪の中に。13歳からイギリスの中高一貫校で過ごした時期も症状は繰り返されたが、寮の友人や先生に恵まれた。地下鉄で侮辱された時も、友達が「彼は病気なんだから、仕方ないだろう」と代わりに言い返してくれた。子どもの長所、いいところを見つけては自信を持たせ伸ばす教育と言っていいか。YUSKさんはイギリス時代のそんなことを振り返りながら、「日本で生まれ育った読者なら、親が〝息子はピアノが上手〟などと言ったら、自慢しているように聞こえてくるかも。また、こんなふうに一人が目立つと、いじめにあったかもしれない」と自身の体験を吐露しながら日本社会のよくある狭量性を指摘している。
実は、小学生の一時期、YUSKさんは佐賀の小学校に転校してきた。日本語は分かっても佐賀の方言が分からない。カッコつけているわけではなく英語は話せる。佐賀弁は外国語みたいだった。分からないことを素直に伝えたつもりだが、その態度がクラスの反感を買って、何かといじめのターゲットになった。悔しくて、大泣きすることもあった。それから暫くして「アッ、アッ」というチックが出始めた。
人のやさしさと思いやり。子どもの頃の自身の体験を通して、冷静に社会や人のありようを分析しているYUSKさん言葉には考えさせられる事ばかりである。人間、自信をなくすとどんなふうに谷底に転がってしまうか、強迫観念に絡められたらどう対処していくかなどYUSKさんのメッセージをもっと書きたいが、読んでもらった方がいいと思うからこの辺でおしまいにしたい。
YUSKさんは世界の名門、ジュリアード音楽院、英国チーダム音楽学校を首席で卒業。またベルリン芸術大学に最高点で入学。症状の悪化で同大退学後、ドイツのハノーファー音楽大学大学院修士課程卒業。多くの人に難病への理解を広めたいとこの本を書いた。「病気があったからこその出会いもたくさんあった。〝普通ではない〟ことが自分の身に起こったことが僕の人生をより豊にしてくれたのは間違いない」と言い、同時に一番必要なのは「病気への認知と理解。同情よりも理解がほしい」。やさしく言い換えるなら、きちんと正しく何でも知ってほしいということだと思う。
この本で見えてくるもの、それは「何でも知ることの大切さ。知れば人にやさしくなれる」。知らないから感情のまま、気分まかせで人をいじめる、追いつめる、排除してしまう。人間一生勉強というが、勉強とは知らないことを知ることだろう。知るための勉強はいつでも、いつからでも出来るということである。後で図書館に一冊置いておきます。
理事長 富吉賢太郎