本のある風景

2020.12.08

No.34 ダグラス・ウッド著「おじいちゃんと森へ」

陶が薫ると書いて「薫陶」。薫る陶磁器などお目にかかったことはないが、語源をたぐると味わい深い。新聞社の有田支局にいたころ、よく耳にしていた言葉が「土こね三年」。来る日も来る日もひたすらに土をこねる焼き物修業。その愚直な基本作業の大事さを説いたものだが、陶土をこねるとき、お香をたく。立ちこめる香りをゆっくり土にしみ込ませ、こね上げるのだ。

その土でつくった焼き物が「薫陶」。ほのかな香りが実際するのではないだろうが、他のものとは一味違う。これが後に「徳をもって人を感化し、すぐれた人間をつくる」(広辞苑)という例えとなった。

人は日々の暮らしの中で接する人から、いつの間にか感化されている。陶土にお香の香りがしみ込むように、人の〝移り香〟が人を育てていく。香りを放つのはいろいろだろうが、やはり一つ屋根の下にいる家族が一番。そして友達や先生、部活の先輩や後輩、近所の人たち・・・。人は人とつながってこそ生きている実感がわいてくる。

「ぼくが幼かったころ、いちばんの友だちは、おじいちゃんでした」と始まるダグラス・ウッド著『おじいちゃんと森へ』。これは祖父からの「薫陶」を絵本にしたような本である。「おじいちゃんといると、世の中のことがいつもおじいちゃんの言う通りだと思えた」。なるほど、子どもたちにとっておじいちゃん、おばあちゃんは特別。今で言えばジイジ、バーバ。つまり、孫と祖父母といえば他のどんな人間関係よりもたおやかな関係なのだ。

この本をめくると、やさしいジイジ、バーバに限らず、人としてあるべき姿をやさしく教えてくれる人が、いつもそばにいてくれることの大事さ、そしてその幸せを思う。

理事長 富吉賢太郎

2020.12.08

 


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