本のある風景

2022.07.04

No.49 詩人・正津 勉の人物伝「脱力の人」(河出書房新社)

『脱力の人』。タイトルからしてかったるい気分になりそうだが、それとは正反対に不思議な力をもらえる人物伝。何かと潤い薄れ、かさかさ乾いていくような世の中。肩に力の入った人ばかりが目につくが、「何もそんなに力まなくても」と力を抜いて生きた達人たち。若い人たちには馴染みのない故人ばかりだが、悩み多き若者にこそ生き方のヒントがもらえるかも!

京都生まれの詩人・天野忠(1909~93年)は、東京からやって来た詩人の西脇順三郎(1894~1982年)に「庭は便所の窓からみるのがよろしいな。庭が油断してますさかいに」と京都の庭園の見方を進言する。「名園を眺めるには便所からが・・」とは。病弱だったという天野の力を抜いた目線の定め方、視点の変え方がいい。

詩人・尾形亀之助(1900~42年)。尾形は定職を持たず42歳の若さで亡くなるが、親友高村光太郎は「お前はパリに生まれればよかった。このような詩人を死なしめた日本の貧しさ、哀れさを思い憮然(ぶぜん)とす」と弔辞を寄せ、号泣したという。尾形は社会にあらがうことなく、あるがまま生きた詩人だった。

その尾形を慕い、尾形の詩集をポケットに入れて戦地に赴いた辻まこと(1913~75年)。辻はアナキスト辻潤・伊藤野枝の長男。画家志望でパリに滞在するも画家を断念し、決意新たに詩作に生きる道を見つけた。

病弱だったり、孤独だったり、生活力がなかったり・・・。しかし、彼らは自分のそんな無力と境遇に向き合い、いわば〝弱さの場〟から巨大な力、戦争のような暴力にも静かに抗して生きたのである。威張ることも、卑下することもなく、肩肘張らず力を抜いて素直に生きた〝脱力の人たち〟はどこからでも自分らしい自分の世界はつくれることを教えてくれる。

肩の力を抜いて、そう、ふーっと深呼吸をしてみよう。勉強、部活、進路のこと。また先生や友達のことなど、今、うつむいて気になっていることがスッと晴れて、自分への肯定感情がわいてくるかもしれません。
理事長 富吉賢太郎


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