本のある風景

2019.10.15

No.15 柳田邦男・飜訳「エリカ 奇跡の命」

菊池寛賞受賞のノンフィクション作家、柳田邦男さんが絵本の重要性を語り始めたのは20年ぐらい前のこと。月刊誌『文藝春秋』で「大人こそ絵本を」と“絵本の力”を世に訴えた。

◆なぜ、絵本だったのか。バブル崩壊後の日本はさまざまなゆがみが生じてきた。それまで日本人の心を支配してきた価値観は“カネと効率とスピード”。そんながむしゃらな価値観追求の中で見えてきたゆがみ。虐待や自殺者の増加。親殺し子殺し。隣人トラブルも増えた。

◆止めどなく心が崩れていくことに頭を痛めた柳田さんは“心の再生”の手がかりが絵本にあると感じた。絵本は遠く幼いころへの回顧である。同時に絵本は、大人になると切り捨ててしまいがちなみずみずしい想像力や感性、感動や共感を呼び起こしてくれる“心のふるさと”でもある。

◆だから柳田さんは絵本をいつもそばに置いて-と言うのである。小さい子を持つ親も、熟年も老年も、大人が絵本を楽しめば必ずその心が子や孫に伝わっていく。親が読み、子どもに読んでやる。そうやって育った子が親になって、また同じように家での読み聞かせが受け継がれていく。それこそが家族の文化の継承、心の再生。

◆柳田さんは2002年、第2次世界大戦下のドイツで奇跡的に生き延びたユダヤ人女性の物語を自ら翻訳した『エリカ 奇跡のいのち』(講談社)で日本絵本賞翻訳絵本賞を受賞しているが、この絵本をひらくと、柳田さんの言う「大人こそ絵本を」が実感として伝わってくるのである。

理事長 富吉賢太郎

2019.10.15

 


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