清和の窓から

2026.01.15

理事長コラム「清和の窓から」126

自立を証明したワイン

 

もう10年以上前になりますが、東京・浅草から電車に乗り、栃木県足利市にある知的障害者更生施設「こころみ学園」を訪ねたことがあります。この園を開いた川田昇園長に直接お会いし、「人間誰でも働いてこそ生きる喜びが生まれる」という川田さんの実践を見たかったからです。

学園名「こころみ」は「試み」をそのまま。今から60年ほど前、ひ弱な少年たちが重たい農具を手にし、荒れた山の斜面を切り開いてブドウ畑を造ったのがこの学園の始まりです。学校や地域で「何も出来ない!」と言われ続けてきた少年たちは黙々と荒れ地を耕し、重い堆肥を担いで土づくりに励み、600本のブドウの苗木を植えたのです。

詩人・新川和江さんの『収穫祭』。「ぼくらは大地に どっさりの質問をした 鋤(すき)で 鍬(くわ)で 草刈り鎌(がま)で スコップで」「大地はけっして しらんぷりなどしなかった ずっしり実った葡萄(ぶどう)の房のひとつぶひとつぶに 大地の答えがはいっていた」と続くが、この詩こそ、「こころみ学園」の収穫祭を綴ったものなのです。

川田さんは元小学校の先生。支援学級を受け持ちながら子どもたちの自立をいろいろ思案して出した結論は「この子たちはやがていつかは親の手を離れ、1人で生きていかなければならない。そのためには、何でもいいからあきらめないで仕事をすることを覚えることだ」

カマやクワを持たせて草刈りや耕し方を懸命になって教えようとした。ところが子どもの親たちは、「うちの子には無理です。そんなことさせないで!先生は子どもを見ていてくれるだけでいいです!」。なかなか周囲の理解が得られず、川田さんは学校を退職。自分で思い通りの体験学習と自立の場を造るんだと、栃木の山の中で、支援を求めてきた子どもたちと一緒に荒れ地を耕した。毎日、毎日・・。そしたら、それまで何もできなかった子どもたちの白くふわふわした手は、1年で少年の手になり、3年で青年の手になり、5年でたくましい大人の手になった。川田さんの言葉をそのまま借りれば「自然とともに働く日々は、知恵遅れと呼ばれ続けていた子どもたちをいつしか寡黙な農夫に変えていた」

2000年の九州沖縄サミット。首里城晩餐会の乾杯には、こころみ学園のワインが出された。外務省からワイン選びを依頼されたソムリエ田崎真也さんが数ある中からその香りと味に驚いて「味は申し分ない。これにしよう。このワインに物語がある」と選んだそうです。まさしく、自立を証明したワインの香りは、私たちにも「コツコツ真面目に一生懸命」のすごさを教えてくれると思いませんか。そう、何でも真面目にガンバロー!

理事長 富吉賢太郎


TOP