清和の窓から

2022.06.20

No.60 卑怯(ひきょう)を憎む

お茶の水女子大教授で数学者の藤原正彦さんの父親は、『孤高の人』など直木賞作家で気象学者としても知られた新田次郎(1912―1980年)である。

 

藤原さんは、明治生まれの父親から一度もぶたれた記憶がない。「恐らく兄や妹もそうだろう」と言う。明治生まれと言えば、とにかく厳しく、しつけは「口より先に手が出る」というような人が多い印象だが、〝藤原家の父〟はまったく違って子どもたちにはやさしい父親だった。

 

といっても、ただやさしかっただけではない。いつも言葉静かに厳しく諭した。藤原さんが父・新田次郎を語ったり、書く時は必ず「父の価値観の筆頭は〝卑怯(ひきょう)を憎む〟だった」と表現している。「大きい者が小さい者を殴るのは卑怯だ」「弱い者がいじめられていたら身を挺(てい)して助けろ。見て見ぬふりをするのは卑怯だ」「大勢で一人をやっつけるのはこの上ない卑怯者だ」と、子どもをしつけ、導いた。

 

卑怯を憎む。ずいぶん前の出来事だが、東京・青梅市で中学生らが知的障害の青年を暴行、金品のたかりを繰り返していたとして逮捕・補導された。別の知的障害の少年を取り囲んでは6時間以上もギターで殴りながら、「痛いですか?」などとインタビューのまね事をしていた。悪ふざけが度を過ぎている。

 

少年らは「自分たちより弱そうな者を選んだ。障害者をいじめて何が悪い」とうそぶいていたという。学びも育ちもない卑怯者たち。こと、これに至るまで誰が、どこで見逃してきたのか。やることの卑しさ、ずるさ、残酷さに背筋が寒くなる思いだが、清和で学ぶ人たちすべて、卑怯を憎む人であってほしいと願っている。

 

理事長 富吉賢太郎


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