清和の窓から

2019.06.15

No.6 立石春美画伯と「清和」

時間があるときに見に来てほしいのですが、理事長室に佐賀出身の日本画家・立石春美画伯の絵が飾ってあります。茶道の半東(はんとう)をつとめる和服の女性が、赤い出しふくさに黒楽の茶碗をのせて運んでいる清楚な立ち姿を描いたものです。
立石春美さんは1908(明治41)年に大和町川上で生まれ、今から25年前、86歳で亡くなられているのですが、昭和の時代、日本を代表する日本画家です。日本画の世界では、あの有名な鏑木清方、伊東深水に続く美人画の名手として知られた人です。そんな有名な人の絵が、どんないきさつで理事長室に飾ってあるのか、調べてみました。
その絵は、1960(昭和35)年5月、立石画伯が清和のために特別に書いてくださったものだとわかりました。なるほど、この女性の凜とした姿、礼儀・作法をたしなむ、つつましさ。立石画伯は、清和学園の建学の精神「人間性の涵養」、教育理念である「明」のこころ、そして生活実践「和顔愛語」の姿をこの一枚の絵で表現されたのだと思います。
あの絵を見ながらそんなことを考えました。
ここで学ぶ皆さんたち全員が、あの絵の何ともいえない、たたずまい、と同じような人格を形成し、そして社会に貢献する人材になってほしいと願っています。きっと立石画伯の思いもそうだったでしょう。
一枚の絵に対する興味からつながったエピソードですが、皆さんも日常で、あらゆるものに興味関心をもってください。これはとても大切なことです。
ついでに、本棚にあった同窓会名簿の歴代卒業生名を見ていたら、創立翌年の明治45年3月、第1回卒業生38人の名前がありました。108年前、晴れて女学校を卒業した38人はどんな気持ちだったでしょう。そう思うだけで、いろいろ想像が膨らんできます。同時に、私も頑張らなくては、という勇気もわいてきました。
第1回卒業生の一人一人名前を見ていたら、この立石画伯の絵を寄贈した山下ヌイさんの名前がありました。また、38人の卒業生の中に、私と同じ「富吉」姓が2人もおられてびっくりしました。縁を感じます。

理事長 富吉賢太郎

2019.06.15


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