本のある風景

2020.08.17

No.30 小川洋子「博士の愛した数式」

寺尾聡が主演した映画「博士の愛した数式」。文学と数学の関係が夢のような美しさで描かれている。原作となったのが小川洋子さんの同名小説。

小川さんが小説を書いた時の相談相手が、あの数学者、藤原正彦さんだった。作家・新田次郎(一九一二―八〇年)の息子である藤原さんは、数学も文学も美しさを追求することでは共通するが、やはり〝読み書き〟が先で、次に〝算数〟という主張の持ち主のようである。

何事も美しさを求める情緒が養われなくては本当の数学はできないという考え方。例えば俳句の五七五、短歌の五七五七七。これはすべて素数で構成されているし、それらを足した十七も三十一もまた素数。この神秘的な音数の一致に美しさを感じる心が数学には大切というのである。

日本文化論などでも知られる数学者、岡潔(一九〇一―七八年)も難解な「多変数解析函数論」の研究を始める時、蕉門の俳諧を全部調べないとだめだ―と『奥の細道』など片っ端から調べてから研究に取りかかり、当時この分野で世界三大難問といわれた問題を全部一人で解いている。

交通事故の後遺症で80分しか記憶が持たない老いた数学者。その「博士」のもとにやって来た家政婦と10歳の息子。記憶が切れて何を話していいか分からなくなると「博士」は言葉の代わりに数式を語る。「博士」にかかると数学上の発見がまるで芸術作品のように思えてくるのだ。

この本を読んで、数学好きの子どもを育てるためには、まず国語教育で豊かな情緒を―などと言うとあまりにも俗っぽくなるが、記憶が持たないというつらい障害を数学への愛で克服した「博士」が、美しいものを美しいと思える情緒の大切さを教えてくれる。

理事長 富吉賢太郎

2020.08.17

 


TOP