本のある風景

2021.01.26

No.36 おびただす著「かあさんをまつふゆ」

まだまだ寒い日が続きそうだ。春が待ち遠しいが、紹介せずにはおれない一冊『かあさんをまつふゆ』(光村教育図書)。寒い冬に祖母とふたりで母の帰りを待ちわびる幼い少女の心もようが心にしみる物語である。

米国の児童文学者ジャクリーン・ウッドソンが書いたこの絵本を手にしたエッセイスト飫肥糺(おびただす)さんは、少女のけなげな姿を現代日本の格差社会と対比して見つめてほしいと薦めている。

飫肥さんは、この絵本で〝哀しさ〟と〝悲しさ〟の違いに気がつく。「心痛み泣きたくなる思いを悲しさというなら、そんな悲しさの表情をおくびにも出さずに心にだけとどめおくのが哀しさである」と言い、この絵本は、悲しみをこらえ、哀しみを誘う物語だ―と。

「シカゴは黒人の女でも雇ってくれるの」と出稼ぎ支度の母親を見ながら少女はあふれそうな涙を懸命にこらえる。母親はそんな少女を抱きしめ「世界中の何よりもあんたが大好き、わかってる?」。少女は「うん」。母子はこのやりとりを何度も何度も繰り返し、母親はシカゴへ。

しかし何日たっても母からは手紙もお金も届かない。郵便屋さんは家を通り過ぎるばかり。それでも手紙を待つ。この少女の切ない思いが哀しみを誘うのだが、やがて少女のもとに「もうすぐ帰る」という母からの手紙が。希望を失わなかった少女の願いがかなうのだ。

今、世界で格差は広がるばかり。そんな苦境の中でも哀しみをこらえ希望をつないで生きることの大事さを教えてくれる一冊である。以前、この本を新聞で紹介したとき、それをネットで読まれた飫肥さんから礼状が届いた。

「私は飫肥糺と申します。(賢)さんの読みの視点に共感すること多く、去る3月6日の新聞をネットで何度も読み返しています。是非、現物の新聞を2部ほどご送付くださればと願うものです。私の拙い小著をお贈りさせていただきます。お暇な折にご笑読ください」。飫肥さんは『いないいないばあ』(童心社)、『しろくまちゃんのほっとけーき』(こぐま社)、『はらぺこあおむし』(偕成社)、『ねずみくんのチョッキ』(ポプラ社)など、誰もが知る絵本をいくつも読み解かれているが、礼儀正しいこんな人だから、あの奥深い絵本論が生み出されるのだろう。是非、手にとってもらいたい。

理事長 富吉賢太郎

2021.01.26

 


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