本のある風景
No.57 伊藤栄樹著「人は死ねばゴミになる」(新潮社)
日ごとに寒くなってくるようですが、今回は身も心も引き締まるような本を紹介します。少し難しいかも知れませんが、感想は、「日本には、こんな人がいたのか」だけでいいと思います。
「腸腐る病に伏して蔦(つた)紅葉」
「空也忌に鼻からはらわた抜いてくる」
直腸がんと闘って逝った元検事総長伊藤栄樹の俳句である。病が再発した1987年11月上旬、伊藤は主治医に尋ねる。「正月すぎまで生きられるでしょうか?」。しかし、主治医の口から「イエス」という返事は得られなかった。伊藤は病状の深刻さを察し、「どうせ残り少ない命なら…」と発病から死の直前までの生きざまを克明に記していく。それが『人は死ねばゴミになる』(新潮社)
日記は1988年5月7日、本人から編集者に渡された。翌日から急速に体力が失われ、伊藤が帰らぬ人となったのは18日後の5月25日。伊藤の気高さ、精神力の強さが容易に想像できるが、どこか投げやりに思えるタイトルとは裏腹に、この本は「人間は死んでも崇高でなければならない」ということを教えていることを知ってもらいたい。
同じく、自分に厳しく生きて行くことの大切さを教えてくれる伊藤の著書に『秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)』(朝日新聞社刊)がある。秋に降る霜と暑い夏の日々。その厳しい日々にたとえ、刑罰や権威が厳かでなければならないと、検察官の胸に光るバッジ「検察官記章」を“秋霜烈日”と呼ぶのである。赤い朝日に菊の白い花弁と金色の葉がデザインされている。
「巨悪を眠らせるな」と伊藤が捜査に携わった事件は造船疑獄事件(1957年)、金大中事件(1973年)、建設省河川局汚職(同)、日本赤軍ハーグ事件(1974年)など数多いが、伊藤が鬼籍に入ってもう35年。“秋霜烈日”を忘れたのか、とは言わないが、資料改ざん、隠ぺい、紛失など、昨今の官僚たちの不始末はどうしたことか。「お前らゴミか!」と怒る伊藤の形相が浮かんできます。
さて、今年も残りわずか。これからの日常を自分で厳しく点検しながら、この1年を振り返ってほしいと思います。
理事長 富吉賢太郎