本のある風景

2024.02.27

No.59 下村湖人著「心窓去来」と「次郎物語」

佐賀・千代田町出身の偉大な社会教育家下村湖人(1884―1955年)は几帳面な性格で、人との約束や予定などをきちんと書き留めておく手帳をいつも手にしていたそうだ。その手帳は、いわば湖人の「懐中日記」とも言うべきもので、折々に心に浮かぶことを、さらさらと記していた。

その中から湖人が自ら選んだ700編を1953年、湖人69歳の誕生日を前に一冊にまとめたのが『心窓去来』。

東京帝大を卒業後、母校の佐賀中学教師や鹿島中、唐津中の校長を務めるなど教育に生涯をささげた湖人の〝心の窓〟を去来した断想の記録。薄れゆく人間の絆、衰退する教育や規範意識など日本が抱えるさまざまな課題を解決に導いてくれるような言葉が詰まっている。

例えば、「植物の肥料は薄すぎてもならないし、濃すぎてもならない。遠すぎても与えられないし、近すぎて与えてもならない。愛、とりわけ家族愛についても同様のことが言える」

でき愛、過保護、過干渉。人の絆のほどよい間合いを教えている。慈顔愛言、冷徹な合理性、崇高な理想、自然への敬慕。郷土が生んだ偉大な教育家の声が遠くから聞こえてくる。

『次郎物語』は湖人の自伝的長編小説。これを原作にした映画「次郎物語」は1987年の製作。その主題歌を依頼された歌手さだまさしさんが、「この名作と対峙できるのはこれしかない」とチェコの作曲家スメタナの壮大な交響詩「わが祖国」の中の「モルダウ」に詩を乗せて完成した歌「男は大きな河になれ」

ここでは、本の紹介よりも、〝チェコの象徴〟といわれるモルダウ川の雄大な流れに負けないさだまさしさんの歌詞を味わってもらいたい。

「苦しい時こそ意地を張れ 目をそらさずに雨を見ろ 泣かずに雨を集めて そして 男は大きな河になれ」「喜びは人と分かちあえ 悲しみは人に預けるな 許せる限り受け止めてやれ 女は大きな海になれ」

この詩は、原作にほれ込んだ、さだまさしさんの、こん身の力がこもっている。中学、高校を巣立って、誰もが新しい道を歩きだす春3月。夢膨らませ、胸躍る一方で不安もよぎる。そんな時、この歌がきっと応援歌になるはずだ。

「寂しいのは一人だけじゃない 歩けば転ぶ けがもする そこで捨てたら負けになる 泣かずに雨を集めて そして・・・」

さあ、みんな〝大きな河〟になれ!。

理事長 富吉賢太郎


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