本のある風景
「本のある風景」60 永田和宏・著「知の体力」
永田和宏は著名な細胞生物学者であり、宮中歌会始詠進歌選者をつとめるなど日本を代表する歌人でもある。本書は、そんな永田が、これから学ぶ人、一生学び続けたい人たちに、学ぶことの面白さを説いている。「知の体力」という題名で、とても難しそうだが、面白そうな項目を選んで拾い読みするだけでもいい。
例えば「なぜ読書は必要なのか」「落ちこぼれ体験こそが大切だ」「みんなが右を向いていたら、一度は左を向いてみる」等々。
そんな面白項目の中で目をひいたのが「質問からすべては始まる」。京都大学で教壇に立った永田は穏やかな先生だったが、学生を前に爆発することがあったそうだ。永田が烈火のごとく怒りを爆発させるのは、決まって質問が何にもないときだった。授業でよく分からないことがあったら質問する。友達の発表が分からなかったら、「それは、どうして?」。そんな質問のやりとりで、永田の言う「知の体力」が養われていくという永田の確信であろう。
もう一つ、なるほどと思った事。永田の専門は細胞生物学。細胞という極小空間のなかで、どのような生命活動が営まれているかという研究である。いかにも難しそうだが、永田はそんな研究を分かってもらうための工夫として、「最初は数字で驚いてもらうことにしている」と書いている。これが面白い。
例えば、細胞が集まって人間個体を作っていることは誰でも知っている。1つの細胞の大きさは約10ミクロン。それが成人でおよそ37兆個。永田は学生たちに「君の体の細胞を一列に並べたら、どのくらいの距離になる?」。みんな37兆個という数を知識としては知っているが、実感としては誰も経験していない。そこで、10ミクロン×37兆で37万キロメートル。地球一周は4万キロメートルとして、地球9周あまりの距離と知ってみんなが驚く。
この驚きが次への興味に。そして次、また次へ。「知の体力」はこうしてついていく。いかがでしょう。勉強することが「面白そう!」となってきませんか。永田は歌人で、夫人河野裕子も偉大な歌人。終わりに2人の歌を紹介します。
昔も今も小さき脳をスライスして染めているこの学生は茂吉を知らぬ 和宏
たとへば君ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか 裕子
理事長 富吉賢太郎