清和の窓から

2019.10.15

No.15 涙 涙 涙

ノンフィクション作家柳田邦男さんが泣いていた。伊万里市で開かれた「家読サミット」で幼きころの読書体験を話し始めて間もなく柳田さんの〝異変〟に気がついた。

少年ネロと愛犬パトラッシュの悲しい物語『フランダースの犬』(ウィーダ作)。吹雪の中、家を追い出されたネロが寒さに凍えながらたどり着いた教会の大聖堂。窓から差し込む月の光の中に浮かぶルーベンスの大壁画を見ながら「やっと会えた。神様、十分でございます」と死んでいく‥‥。

その時、柳田さんの声が少し詰まった。涙を落としていた。柳田さんの胸の奥深く、物語に涙する心の鋳型を刻んだ物語『フランダースの犬』。柳田さんは自分がそうだったように「少年時代に本を読みながら他者の悲運に涙する経験はきっと人間の成長の糧になる」と言う。

柳田さんは戦後、10歳を過ぎて間もない時、父親を病気で失った。母親の手内職で一家は暮らすことになるが、小学生だった柳田さんは毎日、学校から帰ると古雑誌で八百屋で使う紙袋をはる母親の内職を手伝い、時々もらう小遣いで好きな本を買う。そして涙を流した。

父との死別、貧困、手内職。そんな状況もあったからだろうが、柳田さんは涙もろい。この涙の感情は少年のころの読書体験が大きな要素となっているに違いない。若くして自死した次男が子どものころ読んでいた『星の王子さま』(サン・テグジュペリ作)を紹介しながらも柳田さんは涙をこぼした。

本を読んで泣くことをセンチメンタリズムなどと言ってはいけない。今、私たちは本を読んで涙することがあるだろうか。子どもも大人も、今こそ、泣ける一冊を探してみよう。

理事長 富吉賢太郎

2019.10.15

 


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