清和の窓から
No.52 人権・同和問題の感想を読んで!
先日の「人権・同和講演会」を聞いて、皆さんが書いた感想文を先生が届けてくださいました。私は全員の感想を読みながら、私が伝えたかったことをしっかり受け止めてくれているようで、嬉しくなりました。
話の導入は「村八分」。そんな古びた人権侵害、江戸の時代のものかと思いきや、いやいや今もあるのだということ知ってほしくて、大分や新潟で実際起きた最近の村八分訴訟の話を紹介したのです。
限られた時間の中で、人権問題の導入としてはこれだけで本題に入っても良かったのですが、私はさらに加えて、私に実際に届いた唐津市の年老いた男性からの訴えを紹介。これが皆さんたちにはショックだったようですね。現代の村八分問題、それも他県ではなく佐賀県でも起きていたなんて、というリアルな話に動揺したことが、はっきり感想文の中にみて取れました。
皆さんの、その心の揺れ、動揺こそが学びだと思っています。感想文に書かれた文字としては「初めて知った」「怒りが沸いた」「信じられない」「驚いた」といった表現でしたが、そこに、「そんなこと、絶対にあっちゃいけない!ダメだ!」という若者の健全な精神を見た思いです。そして、その感情だけでなく、そこから早くも、自分の学校生活のありようにつなげて、いじめや仲間外しはいけないと考えている人も多くいて、頼もしく思いました。
本題は、我が国の「ハンセン病差別」。100年以上も続いた元患者の人たちの過酷な境遇もまた、初めて知ることばかりのようでしたね。「ハンセン病というのは知っていたが・・・」「菊池恵楓園は見学したことがあるが・・」と前置きして、自分の周りの人たちを排除することがいかにいけないことかということを、それぞれの感覚で受け止めてくれていたようです。私が繰り返した、「勇気とは何か!」「何でもきちんと知ることが大事」ということを、いろんな解釈で大事な事だと捉えてくれていたことに感心しました。
「勇気とは何か!」から、ある日の登校風景について書いていた人がいました。要約すると、その日はスクールバスが故障で一般のバス通学に。椅子に座っていたらお年寄りが乗ってきた。席を譲らずに座っていたら清和の下級生が「どうぞ」と席を譲った。自分にできなかったことを悔やんでいると、また次のバス停でお年寄りが乗車。今度もさっと立って譲ることが出来ずにいたら、また別の清和の生徒が席を譲った。この体験から、席を譲れなかった自分を恥じながら「勇気とはやさしさなのだと思った」と感想を結んでいた。
素晴らしい。その通りです。勇気とはやさしさの問題なのです。そして同時にこの感想文で、清和の皆さんの社会の中のやさしさあふれる姿も垣間見れて、最高にうれしく思いました。
理事長 富吉賢太郎
2021.12.01