本のある風景
2020.06.08
No.28 寺田寅彦エッセー「茶碗の湯」
「ここに茶碗が一つあります。中には熱い湯がいっぱい入っております。ただそれだけでは何の面白味もなく不思議もないようですが、よく気をつけて見ていると…」
「天災は忘れたころにやって来る」という有名な言葉を遺した物理学者寺田寅彦(1878~1935)の随筆集『茶碗の湯』の書き出しの一部。身近な自然現象をじっと見つめて大自然の摂理を解き明かした天才のやさしいまなざしがあふれているが、15歳の時、このエッセーを読んで物理学を目指した少年がいた。
茶碗の底を温めると湯全体に下から上への“流れ”が起こる。それが分かると大きな海の海流がなぜ起きるかが理解できる。冬の北風、夏は南風。朝凪(なぎ)・夕凪の仕組みなど自然のできごとが面白いように分かって、少年は「胸が高鳴った」そうだ。
この少年こそ、後に地球物理、地震学の権威として世界に知られた竹内均さん(1920~2004)である。科学雑誌「ニュートン」編集長を永きにわたって務め、楽しい科学の普及に尽力した人。トレードマークはべっ甲縁のメガネで、映画「日本沈没」(1973年・東宝)に大学教授役で出演するなど異色で偉大な科学者。その学びの原点がこれだった。
プレート(岩盤)運動が大陸移動や地震の原因だとする学説を広めた偉大な研究者の信条は「勤勉」「正直」「感謝」だったという。およそ科学者とは思えないような平凡な生活モットーの中に私たちが学ぶべき人としての大切なものが見えてくるとは思いませんか。「勤勉」「正直」「感謝」・・・。
理事長 富吉賢太郎
2020.06.08