本のある風景

2019.12.27

No.19 津村信夫 詩集「冬の夜道」

冷たい北風が生来の苦手だが、そんな寒い冬の日には津村信夫(1909~44年)の「冬の夜道」(『津村信夫詩集-ある遍歴から』)を読んでみよう。身の回りの日常を平易な言葉でつむいだ津村の作品はいつ読んでも身も心も温かくしてくれる。

「冬の夜道を一人の男が帰ってゆく はげしい仕事をする人だ その疲れきった足どりが そっくりそれを表している 月夜であった 小砂利を踏んで やがて一軒の家の前に立ち止まった それからゆっくり格子戸を開けた」

ここまで読んだところで誰もがいろんな想像をするだろう。月夜の寒い日ということは分かるが果たして男の年齢は…。どんな仕事をしているのか、身なりはどうだろうか。家の様子は、家族はいるのだろうか…。次々と巡らす想像。だが、次の段落の最初の一言で想像のすべてが解決する。

「『お帰りなさい』 土間に灯(ひ)が洩(も)れて 女の人の声がした すると それに続いて どこか部屋の隅から ひとつの小さな声が言った またひとつ またひとつ別の小さな声が叫んだ 『お帰りなさい』」

情景がいっぺんにパッと明るくなる。幸せな家族の姿が飛び込んでくる。説明はなくとも準備が整った温かい夕餉(ゆうげ)の匂いがしてくる。父の帰りを今か今かと待っていた妻と子どもたち。その様子を見ていた津村は「冬の夜道は月が出て ずいぶん明るかった それにもまして ゆきずりの私の心には 明るい一本のロウソクが燃えていた」

「お帰りなさい」というたった一言が、こんなにも人を幸福感で満たしてくれるのだ。「おはよう」「こんにちは」「ごめんなさい」…。こんなさりげないあいさつを大事にできる人になろう。あいさつができる人は長い人生において絶対に損することはない。人を輝かせる言葉力を信じてみよう。

理事長 富吉賢太郎

2019.12.27

 


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